Gパンのシンデレラ

CPVリポート - Gパンのシンデレラ

Gパンのシンデレラ

カテゴリ : 
蔵元物語
執筆 : 
kimitake 2009-1-15 12:40
蔵元名:Domaine de la Senechalire
産地:ロワール地方(ナント地区)
品種:ムロン・ド・ブルゴーニュ(ムスカデ)

 ムスカデというワインは昔、ブルゴーニュ地方で造られていました。ぶどう品種の名前から見てもそのことは容易に想像が出来ますよね。それが後にロワール地方の方が適した土壌だと考えられるようになり、今のムスカデになったのです。しかし一つ残念なことは、多くのムスカデ生産者たちに逸品を目指す志しが見られず、安物量産ワインを造るのだという割り切った空気が漂っていることです。しかしドメーヌ・ド・ラ・セネシャリエールのマーク・ペノ氏は違いました。「繊細さではモンラッシェにも負けない!」真顔でこんなことを言う生産者はムスカデ地区にはペノ一人しかいません。そしてそんな拘りの芸術家は商才に恵まれないものだから、経営は常に不安定で、一時は会社更生法が適用される始末。でもそんなペノの才能を信じ続ける最愛の奥さん(ヨレーヌさん)と愛娘(カレルさん)に支えられてマークは自分の信じる路を突き進むことになりました。

ペノの拘りは想像を遥かに超えていました。ムスカデで拘りといえば、通常SUR LIE(シュール・リー)と呼ばれるもので、これは醸造中に出来たぶどうや酵母の死骸の澱(LIE)をそのまま底に残した状態で、アルコール発酵後から最低でも収穫の翌年3月末まで熟成させるものです。これをすることで瓶詰め直前までその状態を維持し、最も旨みである澱から最後の最後までエキスが溶け出すのです。でもペノはこれ以外に、NUITAGE(ニュイタージュ)という誰もやっていない製法を導入しました。これは夜中に極低温で一部発酵させるのですが、厳選された手摘みぶどうを炭酸ガスの充填されたタンク内に房ごと入れるのです。すると、ぶどう粒の細胞内でゆっくりと還元的発酵が始まるのです。温度12℃で約6時間、凡そ1晩かけて行った後(午前3時頃)に房の茎を取り除き、圧搾してアルコール発酵させるのです。茎ごとタンクに入れるというのは、とても勇気が要ることです。何故なら、普通は植物臭く、土臭くなるので除梗するからです。でもペノのぶどうは茎までも完熟させている自信があるので、風味を複雑にするという一環としてこのニュイタージュを丸々茎ごと6時間行うのです。この6時間という数字と深夜という時間帯に至るまでには膨大な時間と労力、費用を引き換えにしなければなりませんでした。こんな凄い手間暇かけたムスカデですが、ペノは一切コンクールには出品しません。ぶどうの完熟に拘る余り、ミュスカデコンクールのサンプル提出期限に間に合わないからです。でもそんな拘りを分かってくれるのは、家族とほんの僅かな人たちだけでした。ペノは口下手で商売も下手、ワインは中々売れませんでした。唯一の頼りは伊藤さんの日本への販売でした。

或る時、ペノはパリへ行商に行きました。ライトバンに何ケースか積んで、ワイン屋さんやレストランを訪問するのです。でも真剣にペノの話を聞いてくれる処は中々ありませんでした。口下手のペノは、初対面の相手へ言葉巧みに自分の気持ちを伝えることさえ儘ならなかったのでした。石畳の小路をライトバンで揺られながら、サンプルのワインを持って一軒一軒扉を叩きましたが、どうしてもサンプルを飲んでもらうまで行き着けません。矢張り一般的に安物量産ワインという認識を持たれているワインなので、余程のことでもない限り態々試飲するという気持ちにならないのです。「やっぱりコンクールに出して上位入賞するとか、AOC協会やネゴシアンと仲良くなったりしないと売れないんだ。」そんな考えが頭を過ぎりました。疲れ果てたペノは、最後の夜に自然派ワイン通が集うパリ20区にあるワインビストロへ客として行きました。ペノはその店へ行くのは初めてでしたが、そこのオーナーに偶々ワインが売れないことを相談したのでした。そのオーナーは、ペノの実直さに興味を示し、ワインがあるか聞きました。丁度近くにライトバンを駐車していたので、急いで何本か持って来、飲んでもらいました。無ろ過タイプで白濁りというユニークなムスカデでした。「白濁したムスカデか、珍しいな。初めてだよ。」そう言うとオーナーは一口飲んで、息を詰まらせました。(これがムスカデ?なんて繊細なんだ。まるでネクターじゃないか!)
「ラベルが貼ってないが、これは何という名前なんだ?」
「名前はつけていません。ムスカデです。」
「一本いくらだ?」
「○△フラン。」
「何?そんなに安いのか?今在庫は何本あるんだ?」
「○△本あります。」
「よし、全部買った!あっ、それからこのムスカデの名前だけど、俺が命名してやる。Chapeau Melon(シャポー・ムロン)がいい。」
こんな会話が交わされ、ワインは完売したのですが、それ以上に幸運であったのは、このレストランは有名なワイン屋のオーナーや味にうるさいパリジャン、パリジェンヌたちの憩いの場であったことです。この時からシャポー・ムロンは、ワイン通たちの間で名を馳せて行きました。フランス語でシャポーとは、帽子の他に脱帽という意味があり、ムロン・ド・ブルゴーニュ(ムスカデ)の脱帽というこれ以上ない賛辞だったのです。
 
それから暫くした或る日、漸く経営も安定し、ワイン造りに精を出すペノに途轍もない朗報が寄せられました。7月14日はフランス革命記念日、大統領は毎年この日に有力者を招いてガーデンパーティーを催します。そのパーティーには必ずワインが振舞われますが、その歴史は常にグランヴァンばかりでした。それが2003年7月14日、その歴史は変わりました。シャポー・ムロンに白羽の矢が刺さったのです。ドレスなんて着たことのない田舎の娘がジーンズを穿いたまま貴族のパーティーに紛れ込んで、偶然居合わせた王子の心を射止めたと言っても過言ではないような事件でした。これは偶々ガーデンパーティーの宴会責任者があるレストランでシャポー・ムロンを口にしたことがきっかけでした。ペノがエリゼ宮に配達に出向いた帰り際、厳重な警戒態勢の下で強面の警官に止められ、何やら詰め寄られていました。記念の配達に同伴したニシは中へ入れてもらえなかったので外で1人待っていましたが、ペノの身に何が起こったのか不安でたまりませんでしたが、笑みをこぼしながら戻ってきたペノから話を聞いて肩を撫で下ろしました。「シャポー・ムロンは何処へ行けば買えるんだい?」ニシとペノは子供のようにはしゃいで抱擁しあいました。凸凹したパリの小路をライトバンで駆けずり回っても売れなかったペノのワインが、今や大統領のパーティーで使用されることになるなんて想像もしなかったことです。でもペノは相変わらず飄々としてにこにこ笑っています。「シャポー!」ニシはそう叫ぶと、被っていた帽子を太陽に向けて放り投げました。

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