文明から孤立する孤高の仙人、PAUL・LOUIS・EUGENE

CPVリポート - 文明から孤立する孤高の仙人、PAUL・LOUIS・EUGENE

文明から孤立する孤高の仙人、PAUL・LOUIS・EUGENE

カテゴリ : 
自然派ワイン情報
執筆 : 
kimitake 2008-10-9 9:00
ポール・ルイ・ウジェンヌ復活







ポールに逢いたい。 僕は運転席の伊藤さんに言った。思えば、伊藤さんと出逢った10年前に初めて飲ませてもらった自然派ワインがポールのアビリ(HABILIS)で、それが切っ掛けでこの世界に陶酔した。それもあり、どうしてもポールに逢いたかった。しかし、遠慮していたのも事実である。何故なら、ポールには個人的事情があったからだ。収穫の時期に合わせてミネルボアとコルビエールで蔵元巡りをしないかと誘われて取材することになり、ナルボンヌ駅で待ってくれていた伊藤さんの車に乗り込んで少し経った時のことである。




伊藤さんがポールと知り合ったのは、偶然の賜物。伊藤さんがミネルボア地域の蔵元巡業をしていた時、山手にあるシラン村へ行こうと車を走らせていたら、道に迷ってしまった。随分山奥まで入り込んでしまい、不安になりそろそろ引き返そうかと思った頃に突然眼前にぶどう畑が現れたのである。地図にも載っていない山奥にあるぶどう畑。引き寄せられるようにそのまま車を降りて、一つだけポツンと建っている小屋へ向かった。


その小屋の住人であり、ぶどう畑のオーナーであったのがポール。見知らぬ東洋人の突然の来訪に戸惑ったが、ワインのネゴシアンだと名乗ったその東洋人にワインを振舞ってくれた。その時の伊藤さんの驚きは言語に絶する。酒を口に含めば、当然酒の味がする。古今東西どんな酒でもそれは同じ。酒の種類によって違いはあれど、ワインも例外ではない。ところがポールのワインを口に含んだ伊藤さんが感じたのは、酒でありながらも同時に体液だった。つまり違和感がない。







伊藤さんは思わず取引を申し出た。ポールは一言だけ言って快諾した。
俺のワインは、ここに辿り着いた者にしか売らない
ポールはその山小屋に住んでいた。聞けば、自給自足の生活だという。確かに見渡すと、ぶどう畑の他に野菜畑、養鶏、養豚まで手がけていた。下界に下りて買い物するものといえば、塩と洗剤、歯磨き粉等、極限られたものだけだと言っていた。





興味深い逸話がある。伊藤さんが醸造元によくする質問を投げかけた。美味しいワインを造る三つの秘訣を教えて欲しいと。するとポールから返って来た答は意外なものだった。必要なのは一つだけ。貧乏に耐えることさ。秘訣は山ほどある。美味しいワインには美味しい理由が絶対にある。この質問をすれば、99%の蔵元は自慢げに長々と語るのが常なのに、ポールは違った。その貧乏に耐える」という短い言葉の中に、ポールが如何に命を懸けているかが窺えた。剪定では枝毎に一つしか芽を残さず、肥料、農薬は全く使用しない。つまり、冷害や病気によるリスクの回避は全く行わない。そればかりか、醸造したワインも自分が納得するレベルになるまで出荷しない。






つまり、気に入らなければ何年も出荷はされずに樽の中に眠ることになる。最低限に絞り込んだ生産量で最高の品質を求め、しかもその出荷はいつになるか例年決まっておらず、そして来た者にしか売らないわけだ。これではお金が回転するはずがない。伊藤さんはこの偶然の出会いをもたらしてくれた神に感謝した。

ところが21世紀を迎えて間もない頃、そんなポールに不幸の神が舞い下りました。詳しい理由は本人以外知らないのですが、大切な畑の所有権を失ってしまったのです。それはまるで羽を捥ぎ取られ奈落へと落ちる絶望の最中に、大鷲の鋭い嘴に喉の肉を啄ばまれるような試練でした。



ポールを復活させたダニエル

ポールの人生の中で、自分には全く無縁だと思っていた俗世界的トラブルに巻き込まれ、そして自分の人生そのものと言っても過言ではないワイン造りが出来なくなってしまったことは、ポールから精気を奪い廃人のようにしてしまいました。
哀しみの淵で手足をばたつかせることすら出来ないポールを見て、彼女は何とかポールを助ける力になりたいと考えました。



彼女はポールの優しく強い人柄が愛しくてたまらなかったのです。彼女は街で働くことを決意し、そして自分が持っていた貯金を頭金にして山間部の土地を買いました。失意の底に沈むポールにそのことを伝えると、彼は喜びの余り気が狂いそうになったそうです。しかしその山間部を見た周囲の者たちは、皆絶句したのです。伊藤さんもその者の一人でした。当時、僕がポールはどうなるのかと質問した際に伊藤さんから返って来た回答は、無謀だ の一言でした。



運転席に座る伊藤さんは前を見ながら暫し考えていましたが、徐に携帯電話を胸ポケットから取り出すと、車を路肩に停めて電話をかけました。相手先はどうやら留守中だったようで、留守番電話に名前を残してから車をスタートさせました。そしてその日の夜、目的地に到着して晩めの夕食を取っていると携帯電話が鳴り、伊藤さんはお店の外へと出て行きました。ポールからに違いないと僕は思いました。ほんの数分して戻ってきた伊藤さんは僕を見てにっこりと笑いました。ポールが一緒に昼飯を食おうってさ。







待ち合わせ場所は、ポールの醸造所。其処へ向かう車中、僕は神経が凛と研ぎ澄まされるのを感じていた。僕が知るポールは、過去に一枚だけ見せてもらったサンタクロースのようなおじさん。無類の写真嫌いで、カメラを向けるといつも逃げるのだと伊藤さんが嘗て言っていたのを覚えている。上半身だけ写っていたその被写体は、温かそうな紺色のセーターに身を包み、頭には毛糸で編んだ水色の帽子が乗っていた。頬から顎にかけて見事に茂った栗色の長い髭は半分ほどが白色に変化していて、吸い込まれそうな水色の目は大空を覗く双眼鏡のようだった。幼少時代、クリスマスになると心躍らせて想像したサンタクロースが其処にあった。

到着すると、醸造所の敷地内にある庭に丸テーブルが置いてあり、其処にポールは座って待っていた。大きな身体、サンタの髭に青く澄んだ目、どれも昔見た写真と同じだった。挨拶を済ませると、ポールは醸造所を見せてくれた。ぎしぎしと音をたてる木造の階段を上ると、其処には収穫したばかりのぶどうが置かれていた。




僕はこのぶどうは何処の畑で出来たものか聞いた。するとポールは、これは借りている畑で造ったものだが、さらに自分の畑でも去年から収穫出来るようになったのだと言った。自分の畑、その言葉を聞いて僕は伊藤さんの顔を見た。そして僕たちの思いを察知したのか、ポールはこれから山間部の畑を見に行こうと誘ってくれた。伊藤さんも聞き辛かったのだろうが、向こうから言ってくれたので何の問題もなくなった。









ポールの小型トラックに乗り込んだ。真ん中が伊藤さんで、助手席が僕だ。
そんなに暑くなかったが、窓を全開にして走った。
ポールは閉所が嫌いなのだそうだ。ポールのトラックは、カタツムリのようにゆっくり走った。途中、道端に止まっては道行くおばあさんやカフェで寛ぐ人たちに手を振って挨拶する。ポールは街の人気者なのだ。犬までもがポールに挨拶しているように見えたのは不思議だった。小さな街を出ると直ぐに農道になっていて、普通なら気付かないような畦道のような脇道からどんどん山の中へと進んでいく。叙叙に道の両脇に茂る木々は濃くなり、枝の鞭がトラックをカンカンと鳴らした。窓を開けているので、うっかりすると頬を枝の鞭で痛打されてしまう。どれ位走っただろうか、周囲にはもうぶどう畑は見当たらない。そしてついに鉄道の遮断機のような形をした木製の門があるところに到着した。ポールはその門を開けると、トラックはその先をどんどん進んで行った。
文明と無関係の地域にようこそ! ポールは突然水を得た魚のように快活に大きな声で言った。そしてこの辺は石器時代に原始人が多く棲んでいた場所でもあるのだと説明し、斜面に残る洞穴を指差した。其処に原始人が棲んでいたという。



2008年9月☝見事なブドウ園に変貌 まるでスキー場のゲレンデだ

2003年2月☟開墾したばかりの頃
石器も沢山見つかっていて、ポールはこの辺には特別な波動を感じるいい場所だと言った。それにしても、辺りを見渡すと、凸凹な斜面に大きな岩、岩、岩。茂る大きな木々、木々、木々。果たしてこんな場所にワイン畑があるのだろうかと疑問を抱きながら待つこと暫し。突然眼前に現れた光景に伊藤さんと二人絶句した。全くの斜面。それも、日本でいう所の山林商法に騙されて買ったどうすることも出来ない山の斜面。松茸が出来ることを祈ること以外になにも前向きな思考が出来ない様な、固定資産税も発生しないのではないかと思われる様な山の斜面の中に、美しく開墾されたぶどう畑が広がっていた。









それは情熱と執念と根性と生命力が均等に交じり合わなければ造り出すことが出来ない、人間の限界を遥かに超越した創造物に見えた。
うぅーん、これはまた! 伊藤さんが絞り出すように言った。
これだけのものを見せておいて平然と笑っているポールを見て、僕は涙を堪えるのがやっとだった。










一つだけ聞いた。何年掛かったのか?ポールはまたもや平然と6年掛かったと言った。伊藤さんを始め、周囲が無謀なことだと彼を止めた理由が解った。人間が一人でブルドーザーを操縦しながら斜面の土地を開墾する。大きな岩や木で埋め尽くされた斜面を畑に変えるということの行為自体が、自殺行為以外の何物でもないことは誰もが知っていた。ポールもそうだったであろう。













それでもポールは成し遂げた。恐らくは世の中に対する全ての理不尽に対し、そして彼女の優しい計らいに対し、彼は自分の命を燃焼し尽くすことで自己主張し、答えるつもりだったのだろう。それにしても・・・、それにしてもである。見事なまでに開墾され、見事なまでに美しい葉と実をつけたぶどうの木が大自然の山間に突如立ち並ぶその光景は、自然の驚異と人間の偉大さが見事なまでに共存していた。
既に二箇所の畑がぶどう収穫まで漕ぎ着けていて、さらに一箇所苗木の畑もある。その二箇所の内の一つは、上から見ると美しいS字カーブを描きながら蛇行し、まるでスキー場のようであった。  







醸造所に戻った僕たちは、ポールがその場で焼いてくれたバーベキューとポールのワインに舌鼓を打ちながら歓談した。僕は、どうして身体がこんなにも自然にポールのワインを受け入れるのだろうかと言った。ポールは、全ては単純明快なことだと答えた。ぶどう栽培も、醸造も、何もかもが単純なもので、本来ワインというものは古来からそういうものだったんだ。それがいつの間にか金が絡んできて、そこから邪念が生まれるんだ。だから旨いワインを造るのに一番大切なことは、貧乏に耐えることなんだよ。金が出来たら邪念が生まれるからね。そう言うと、ポールは大きなオナラをして笑った。俺は所構わずブーブーやるからさ、皆に嫌われるんだよ。








モンペリエ駅へ向かう帰りの車中、運転席の伊藤さんに言ったことがある。何の根拠もないことなのだが、何となく思ったことを口ずさんだ。それは、自閉症の子供なんかがポールと触れ合えば症状に変化が現れるのではないかということである。少なくとも僕がポールという男に感じた第六感はそういった類のものだった。事実、僕も心が洗浄されたのである。すると伊藤さんから意外な言葉が返って来た。あれ、知ってるの?ポールは自閉症の子供たちをよく面倒見てるらしいよ。僕は伊藤さんがよく使う波動という言葉を思い出していた。ほろ酔い気分で清清しい乾燥した風を浴びながら、本当に来て良かったと思った。






ポール・ルイ・ウジェンヌのワインが買える店は、野村ユニソン株式会社までご連絡いただければ、ご紹介いたします:
NOMURA UNISON 株式会社
TEL : 03-3538-7854
FAX : 03-3538-7855
MAIL: wine-t@nomura-g.co.jp

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